「孤の集住体―非核家族の住まい」
団地に興味が出てきたところから、この本にたどり着いた(高いし専門的なので図書館で借りた)。
日本の集合住宅は「核家族」にフォーカスしすぎだけど、それはおかしいという著者の問題意識はこのページに書いてある。このページを読んで興味がわいたら、この本を読むといいだろう。
http://db.10plus1.jp/backnumber/article/articleid/528/
しかし「孤の集住体―非核家族の住まい」ってとっつきにくいタイトル。
「おひとりさまと子なし夫婦の集合住宅」ってことか。
集合住宅で「コーポラティブハウス」というのはなんとなく聞いたことがあったけれど「コレクティブハウス」というのは初めて聞いた。
賃貸の集合住宅で、シェアハウスとは違い、個々の居室にはキッチン、バス、トイレがあるのとは別に、共有キッチン、共有リビングがあるタイプのものを指すのだそうだ。
デンマーク、オランダ、アメリカのコレクティブハウスの紹介があるが、賃貸の集合住宅は入居者同士の交流がなく、分譲の集合住宅で交流があるところは核家族向け、という固定観念を持っていた私には、入居者同士でこれだけ手間をかけ、交流しながら住む賃貸というのはなかなか想像ができなかったので、興味深かった(正直、専門的な部分は流してしまったところもあるが)。
日本の集合住宅というと、一方に昔ながらの団地、他方にタワーマンションのイメージがあるが、読みながら「熊本県営保田窪第一団地」の例を知り、実際に見てみたくなった。
http://www.pref.kumamoto.jp/kiji_1715.html
2016年7月21日の「カンブリア宮殿」での「シェア金沢」は、この本で紹介されていたコレクティブハウスの発展形のようにも思えた。ただし日本では居住者相互の運営(それを建築家が支える)ではなく「サービス付き高齢者住宅」のように運営会社のイニシアティブが強くないとできないのかな、とも思った。
http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/backnumber/20160721.html
「皇位継承」
「生前退位」報道の直後に、図書館で見かけて借りた。
天皇家の伝統について、今まで十分理解してなかったことを知ることができた。
変えてきたもの。
歴史上、天皇の譲位(上皇)は多くあったが、明治新政府が欧州列強の制度も十分研究した上で、旧皇室典範において、伊藤博文の意向により生前譲位の道を閉ざしたこと。
昭和天皇が“宮中に上がってから外に出ることもなく、一生を終える女官たちに教育は任せられない”として母(貞明皇后)の意向に反して女官制度の改革を進めたこと。
守ったきたもの。
この本によれば「女帝」は一代限り、ピンチヒッター的に認められてきたものだという。
宮家の数を減らし、側室も廃止され、一方で男系男子の伝統だけを残すことができるのか。
仮に女帝を(再び)認めたとして、その配偶者との間に生まれた子を次の天皇として認められるのか。
いろいろと考えさせられた。
ひかり電話対応機器レンタル料450円
問題3:無線LANの調子が悪くなった
ひかり電話に対応している市販のルーターをご利用される場合、回線終端装置またはVDSL装置と、市販のひかり電話対応ルーターを接続してお使いいただけます。
「RV」で始まる機種名の「ひかり電話ルーター」をご利用中のお客さま
NTT東日本より送付するVDSL装置と、レンタル契約のひかり電話ルーターをお客さまにて交換していただき、市販のひかり電話ルーターをVDSL機器に接続していただくことでご利用いただけます。NTT東日本からのVDSL装置の送付、および交換したひかり電話ルーターのご返却が必要なため、下記のご留意事項のお問い合わせ先へご連絡ください。
Amazon.co.jp: ヤマハ ブロードバンドVoIPルーター NVR500の あわやさんのレビュー
最後になりますが、フレッツ申し込み時に「ひかり電話」を使う申し込みをしてしまうとVDSLモデムではなくひかり電話ルーターが設置されてしまうと思います。そこで、わたしは次のような順番で各種申し込みを行いました。1)Asahiネットへ「ASAHIネット 光 with フレッツ マンション ネクスト」を申し込むのにあたって、ひかり電話はいりません、という申し込みを行いました。2)無事ネットが開通した時点でASAHIネットのオンライン申し込みで「IP電話F」の申し込みを行い、ネット情報<[...]>をもとにその設定情報をNVR500に設定しました。3)そして後日0120-116116からの電話申し込みで「ひかり電話」の申し込みをし、NTTの受付の方に「ヤマハのNVR500という光電話ネクストでのひかり電話対応ルーターを使うので、NTTから追加機器は送らないで欲しい」と伝えました。以上NVR500でひかり電話とIP電話を利用したいという方のご参考になれば幸いです。
結局
壁
└東日本からレンタル(¥450)のRV-340SE(VDSLモデム兼ひかり電話ルータ)
└自営のWeb Caster V130+自営の無線LANカード
にせざるを得ないのかなぁ。
内覧
この1ヶ月ほど、部屋探しの旅をしていました。
所要日数 正味6日間
候補エリア 12駅
物件外観調査 26棟
間取り検討 11部屋
内覧 7部屋
総走行距離概算 約500km(自動車約300km、自転車約200km)
いい部屋もあったのですが、家賃が高すぎたり、所得制限*1に引っかかったり、方角が微妙*2だったりと、なかなか決まらず、内覧5部屋目の帰りに寄ったURで、未検討の地にたまたま1部屋空きが出た*3ので、日を改めて見に行きました。
内覧6部屋目のその部屋は、防水パンがあったりして(後述)悪くないと思ったのですが、やはりちょっと不満も残りました。
場所は気に入ったので、電話やネットで別の部屋を探しましたが、なし、なし、なし。
妥協して申し込み手続きに行き、番号札を取りつつネットで最後の悪あがきをしたら、なんとこの土壇場で1部屋空きが!
間取りを見るに、申し込もうとしていた部屋よりも良さそうだったので、すぐに担当者さんに押さえていただき、翌日(平日でしたが)早速内覧に行ってきました。
早速内覧に行ってきました。心がはやっていたので2回言いました。
駅を降りてすぐ、団地への入口。
目的の建物まで徒歩3分。
建物。公団ですねぇ。
4Fまで階段で上がります。
築44年の部屋、扉を開けます。上についているのは仮の鍵です。
正面には洋室、右は台所。
まずは右の台所への扉を開けます。
今回の部屋さがしのポイントとして「南からの光をたっぷり浴びながら気持よく料理ができる*4」ということがあったので、台所は重要なのです。
隣の部屋との仕切りの扉を開けてみましょう。
この日は生憎の小雨模様でしたが、採光はよさそうです。
なかなか良い感じなのですが、あとでよく確認すると、間の柱の下のコンセントが冷蔵庫用と判明しました。つまり……
こういうふうに仕切っておかないとだめなのかなぁ……このへんがリニューアル物件の限界か。
気を取り直して、洋室側からキッチンを見てみましょう。
流し台はピカピカです。ただ、横に台とか置きたいところですが、ここに洗面所への入口があるのがこの物件の良いところでもあるので、我慢。
作業台の上に、A4のクリアケースに入った設備の説明書が置かれてました。
洗面に入ってみます。あるべきところにタオル掛けがある。このへんは図面では分からない。
洗濯機置き場。今回もっとも残念だった部分。
洗濯の排水を流す口がない(「防水パン」という用語を初めて知りました)。排水ホースは浴室に流します(間接排水)。それでも、洗濯機と浴室が近い構造なだけありがたいのです。これが間取りによっては酷いことになってて、トイレへの通路を塞ぐ構造になってたりします。
洗濯排水問題は生活の根幹にかかわる問題です。これが原因で入居をためらっている若い人もいると思います。現在はリニューアルⅠ対象の団地で排水溝の増設工事が行われているようですが、リニューアルⅡ以下を含め、全ての団地に洗濯機用排水溝を設置するべきだと思います。
浴室。換気窓は年季が入ってます。
お湯張り、追い焚きはできますね。
入ってみた。狭い。
ベランダ バルコニーに出てみます。
近年ではベランダとバルコニーの明確な区別はなくなってきているようで、特に民間のマンションは「ベランダ」 という言葉が「公団」や「団地」を連想させるとして(失礼な!)、ベランダタイプも含めてバルコニーと総称しているケースも多いようです
(公団住宅住棟図鑑)
見下ろします。道路に面していますが……
道路との間にあるこの緩衝帯緑地。
1953年に建設省は「住宅建設要覧」という住宅の配置計画や整備目標についてのガイドラインを示したのですが、これに住宅団地も含まれていて、団地の住棟間隔に「冬至の4時間日照」という基準を設けました。
この余裕は公団住宅ならでは、ですかね。
公園にあるのは桜の木だそうです。今年の春は見られないですが、来年の春が待ち遠しいですね。スカイツリーとか花火とか見えるのかしら?
洋室に戻ります。エアコンはここに設置します。
テレビ、電源の他に、公団はなぜかガスの取り出し口が各部屋にあります。
北側の洋室に入ります。
このクローゼットは押入れサイズ。この収納もポイント高かった部分です。
部屋にあったA4書類用のクリアケース(備品類の説明書が入っている)を置いてみました。
今入ってきた南側の洋室を振り返ります。
扉を閉じましょう。
一応、こちらにも小さなエアコンが付けられそう。そしてやっぱりガスの口も。
ちょっと一息。
配管が目立ちますが、内覧6部屋目はこの配管がもっと太く、位置がもっと悪く、配管に邪魔されてタンクが部屋の中心線に無かったのです。当然、便座も奥の壁寄りになり、座ると体が壁に当たり、まっすぐ座れなかったのです*5。その点このトイレは落ち着いて用を足せそうです。
コンセントがあるので、便座を替えることもできるかも。
公団住宅では、ウォシュレットが使えるようにコンセントがちゃんと付いていて、自分で電気屋から便座を買ってくれば使用可能です(もしコンセントが無い場合でも頼めば無料で付けてくれるそうです)。
トイレのドアを閉めるとまぁまぁいい感じ。
ただし、トイレのドアの高さは十分なのに、台所との仕切りの高さは低い。その辺もまぁ「味」ということで。
部屋によってはこの位置に洗濯機、洗面所、浴室入口があったりするので、間取りは大事ですね。
玄関横収納もなかなか広かったです。
最後にブレーカーを落として、内覧終了。
ブレーカーは、リアルタイムに今の電力使用量が分かる最新のものでした。ドライヤーを使うと何目盛くらい使うんだな、とか把握しておけば、ブレーカーを落とす事態を防げそうです。
古いとはいえ、今のワンルーム(駅徒歩15分)より1万円以上安いのはなかなか良いのでは、と思った次第。
1999年秋?の新潟・山形旅行(書きかけ)
国語科
紀行文
日々の仕事に忙殺され、精神的にも疲れていた。旅に出たい、どこかへ無性に旅に出たくなった。
歌舞伎町で桂花ラーメンを食べる。ターロー麺。900円。野菜とこってりした肉が入っていて、美味しかった。懐かしくなる。
家と友人に旅に出る旨電話する。「電車に乗りっぱなし?」と呆れられる。とんでもない。電車、ディーゼルカー、バス、二種類の新幹線、それにSL。実にバラエティーに富むではないか。
【路線図 三鷹~新宿~新潟~余目~新庄~山形~郡山
~会津若松~新津~新潟~東京~藤沢】
────────────────────────────
▲▲
▲▲
至 │ 粟島 │ 至
金━┳━新潟━新発田┿村上━━━━余目━━━秋
沢 ┃ ■┃ ┃ │阿 ┃│最 田
┃ ■┗━新津┓│賀 ┃│上
┃ ■ ┃ ┃│野 ┃│川
┗━長岡━┛ ┃│川 山形※※新庄
■┃ 会津若松 ■
至 ■┃ 猪 ┃▲ ■▲板谷峠 至
長■■■高崎 苗○┃磐梯山 福島■■■■■■仙
野 ■┃ 代 ┃ ■ 台
■┃ 湖 ┗━━━郡山
■┃ ■
大宮■■■■■■■■■
三鷹━━新宿━━■┓
┃ 上野
┃ ■┃
藤沢━━品川━━東京
────────────────────────────
【路線図 三鷹~新宿~池袋~赤羽~大宮】
────────────────────────────
至高崎
┃高
┃崎
┃線
至 ┣━┓ 至
川 ━━━━━━━━━━┓ ┃ ┣━━━━━━━ 宇
越 川越線 大 宮 都
至 ┏━┛ ┃ ┃ 至 宮
府 ━━━━武蔵浦和━━━━浦和━━━ 西
中 武蔵野線 ┗━┓ ┃ ┃ 船
本 � 赤 ┃ 羽 橋
町 通赤┏━━┛ ┃ ┃
称羽┃ ┏┛ ┃東
・線┃ ┃東 ┃北
埼 ┃ ┃北 ┃本
京 板橋 ┃貨 ┃線
線 ┃ ┃物 ┃
� ┃山手線┃線 ┗┓
┏━┃━━━┃━┓■尾久 上野新幹線
┃ ┣━━━┛ ┃■╂──第一運転所
池 袋 田端■┃ 至
┃ ┃山 ┃ ┃ ┏━━━━ 水
┃ ┃手 日 ┃暮里 常磐線 戸
至 ┃ ┃貨 ┃ ┃ ┃
高 ━三鷹━━━━┫物 上 野
尾 中央本線 ┃ ┃線
┃ ┃
新 宿
┃ ┃
至品川 至東京
────────────────────────────
新宿発村上行の快速「ムーンライトえちご」は、がらがらだった。全車指定席のため、通勤客や新宿からの遊び帰りの客は乗ってこない。といっても、指定席料金はわずか510円である。
通路の反対側には髪を結い上げた派手目な中年女性が座っている。前の若者の席の網棚には三脚がある。鉄道写真を撮りに行くのだろうか。後ろは中年男性がパソコン雑誌を読んでいる。
23時09分、定刻に新宿を発車。しばらくはゆっくり走る。池袋を発車し、ふと横を見ると新幹線が大挙して止まっている。新幹線の車両基地がある尾久である。
スピードをあげ、いつの間にか浦和を通過。新宿駅や上野駅の発車案内板には「○○行(浦和通過)」との表示を見る。東西南北の子分駅?を持つにしては情けない。ホームがないのだろうか。
改めて車内を眺める。今やほとんど見られない急行形の車両で、昔は向かい合わせ4人がけのシートだったが、グリーン車のリクライニングシートに取り替えられており、間隔も広く、快適だ。それでいて、快速列車である。夜行バスへの対抗措置なのだろう。
もはや急行形で走る急行などないのだろうか。新宿をやはり深夜に出発する急行「アルプス」は特急「かいじ」「あずさ」の車両だし、夏に乗った急行「ちくま」にいたっては、新型振子特急「ワイドビューしなの」の車両だった。快適にはちがいない。私だって4人がけのボックスシートで夜を明かしたくはないが、高校時代に先輩、友人と大勢で「青春18きっぷ」で上京したときのことを懐かしく思う。当時の大垣夜行は「純正」の急行形で、向い合せのボックスシートに4人で座った。九州を早朝に出発し、鈍行を乗り継いできたので、疲れていたとは思うが、眠れたかどうか。
「さいたま新都心」建設中の大宮に到着。防寒服に身を固めた鉄道マニアが乗ってくる。同類ならずとも誰しも一目で分かる。海外旅行帰りのような大きなキャスターつきバッグに、行先表示板などの昔の列車の部品を詰め込んでいるのである。買い出しに来たのか、オークションでもあったのか。列車の扇風機まで入っている。「JR西日本」とある。
趣味についてはともかく、服装についてはいささか首を傾げた。こちらはハイネックのセーターで、それでも暑いので昼間はTシャツだけであった。しかし、新潟や山形の冷え込みは相当厳しいのかも知れない。幸い、明日の朝の乗り継ぎは良く、寒風に凍えることはなさそうだが、心配ではある。
車内放送。停車駅の案内があり、大宮、高崎、長岡の順で止まるとのこと。新幹線のようだ。もっとこまめに止まってもよいのに、と思う。そんなに急ぐ必要があるのかというとそうでもなく、高崎では30分も止まる。車内の自動販売機は壊れているのか、使えないようだ。
そろそろ通過駅の明かりが落ちてきた。終電も終わったのだろう。妙に車輪の音が聞こえるなと思ったら、後ろの男性が窓をあけている。それでもうとうとすると「御面倒さまですが……」と車掌がやってきた。
しばらく眠るが、のどが渇いて目が覚める。困ったことに、新宿で飲み物を買っていなかったらしい。明日の朝食は買っていたのだが……。車内を歩き回ってみることにする。急行形であるから、車内に冷水機があると思ったが、ない。自販機は故障。洗面台には「飲用ではない」旨の表示。がっかりして席に戻る途中、連結部の運転台を覗き込むと、80Kmくらいであった。それにしては揺れる。
しょうことなしに外を見る。高速道路だろうか、明るいオレンジの灯が続いている。高崎に到着。長時間停車に救われる。現金なもので、さっきの疑問などころっと忘れ、「助かった」としか思っていない。夜行列車にはこれくらいのゆとりがあってよい。お茶を買ったが、一本はホームで飲んでしまった。
【行程について 三鷹~新宿~池袋~赤羽~大宮】
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三鷹から新宿までは中央線快速を利用する。「ムーンライト
えちご」は新宿発村上行で、新宿に到着した中央線上り快速と
同じホームの向かい側から発車する。
新宿からは山手貨物線を経由して池袋に停車し、上野新幹線
第一運転所をかすめて山手線と別れ、東北本線と並走する東北
貨物線を通る。途中浦和を通過するが、これは浦和には停車ホ
ームがないことが理由と思われる。
なお、埼京線とは通称(系統名)で正式名称ではない。
正式には、
恵比須~池袋間:山手線
池袋~赤羽間 :赤羽線
赤羽~大宮間 :東北本線(ただし別線)
大宮~川越間 :川越線
である。
似たような例として、京浜東北線という線が存在しない(東海
道本線~東北本線)や、横須賀線は大船~久里浜間である(東
京~大船間は、西大井、新川崎を含めて東海道線の別線)など
がある。
赤羽-大宮間の定期券は通常浦和経由だが、武蔵浦和で、
品川-鶴見間の定期券は通常川崎経由だが、新川崎で、
それぞれ降りることができる。
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何度か目が覚めたが、すぐ眠りに引き戻される。国境の長いトンネルも抜けたようだ。複雑なレールの分岐をくぐり抜けて新潟へ5時06分到着。マニアもカメラ君も中年男性も降りる。暖房の利き過ぎでシートが暑い。カチカチ山になりそうだ。ホームへ避難する。駅名標には、「周遊指定地 佐渡 のりかえ駅」とあった。制服姿の社員が挨拶してすれ違う。手にハンドルらしきものを持っているから運転士であろうか。
列車はここから自由席になる。斜め後ろの席に女子大生風の三人連れが乗ってきた。発車とともに、いきなりバックする。この区間では逆編成になるのだった。しかしみんな大人しく後ろを向いている。
逆向きはいやなので、席を回転させようと思うが、女子大生と向かい合いになるのもどうかと思い、一つ前の席を回転させた。ここなら一つ席を隔てることができ、観察も容易だ。
だんだん夜があけてくる。豊栄に着くと一人が降りてゆく。新潟で夜通し遊び、朝帰りなのだろうか。
夜行快速とは座りの悪い言葉だ。快速には「新」「通勤」「特別」「区間」などがつきもので、だいたいは通勤・通学などの都市郊外輸送を担当するのである。
寝台特急以外にも、かつてはたくさんの夜行急行や夜行鈍行があったが、その代表ともいえる通称「大垣夜行」はいまや特急形車両を利用した快速「ムーンライトながら」となり、連日満席である。
それに比べて「ムーンライトえちご」は昔ながらの夜行列車に近い。シートは取り替えられ、内装も変わっているが、洗面所は昔風の、ボタンを押している間だけ水が出るというものである。お湯は出ない。
165系急行形電車は、車両の分類にも列車の種別にもとらわれず、淡々と走っているだけなのかもしれない。年輪を重ね、時代にあわせてはきたが、本質は譲らない。
新発田に到着。女子大生は降りた。派手なおばさんはシートに丸まって寝ている。
神々しかった朝焼けの時は終わり、厚い雲だけが残った。中条到着。ラッセル車と転車台が見えた。
村上に着いた。おばさんはむくりと起きて降りていった。村上からは羽越本線の普通列車に乗り換える。わずか3分の接続であり、長い時間車内でじっとしていたので、階段を駆け足で下り上りするが、そんな必要はまったくなかった。車両は非冷房、扇風機のついたディーゼルカーだった。
発車したが、ずっと線路の上に架線がある。時刻表を見ると、その列車が電車なのか、ディーゼルか、それとも客車か分かるのだが、電車特急が走っているにもかかわらず、この区間の鈍行だけはディーゼルばかりである。
進行方向右側に座って、時刻表と格闘していたが、ふと左を見ると海が見える。日本海だ!あわてて席を移動する。ディーゼルか電車か、そんなことはどうでもよい。波が寄せてはくだける。
しばし見入った後、再び時刻表を見る。沿線の坂町からは米沢への米坂線、この列車の終着の余目からは陸羽西線が出ているが、これらは非電化である。そこで車両運用を揃えたいのだろうか。それとも、この区間が県境越えで冷遇されているのだろうか。いずれにしても、村上から酒田までがかっきりディーゼルカー地帯なのだ。
やたらと木の柱というか、棒が立っている。道やあぜ道に沿っているものもあり、田や家を取り囲んでいるものもある。想像だが、雪がふった時の目印になるのだろう。少なくとも九州にはない。
島が見える。時刻表のさくいん地図によれば、粟島のようだ。駅に併設して夕日会館という建物がある。会津に着くのはまだ先だが、新潟で買った缶入りの水割りを飲む。六時半ごろである。
いつの間にか単線になり、また複線になる。うまいこと複線区間で上りとすれ違う。単線区間でもトンネルが広くなっているところがあり、複線化に備えているようだ。
車内は暑いし、周りに人もいないと思って窓を開ける。とたんに、二つほど前の方のボックスから長髪の兄ちゃんが顔を出す。
6時52分、新潟県最後の駅、府屋に着く。山形県に足を踏み入れるのは初めてである。朝日がまぶしい。
しばしまどろむ。起きると駅に止まっている。高校生もいる。駅名標は見えない。上り列車との交換待ちだろうが、一向に発車しない。腕時計は持っていないが、すっかり朝になっているので乗り過ごしたかと不安になる。駅名がわかれば時刻表から時刻が分かるが、ホームに下りたとたんに発車したら困るし、そもそも列車がおくれていればなんの役にも立たない。じりじりしているとようやく上りがやってきて、発車した。羽前大山であった。余目まではあと四駅。危ない危ない。
ここまで来ても女子高生はやはりルーズソックスである。もっとも東京ではもうあまり見ないが。いじっているのは携帯であろう。PHSでは使い物になるまい。列車は庄内平野の田園地帯を走る。
鶴岡に着く。高校生はどっと降りた。残った女の子が話している。車内は空いており、三人が三人とも別のシートに座って喋っているので、聞くともなしに聞いているが、訛りはほとんどない。残念。