W.ハイデンフェルト「月の光」

ドイツ文学者の中野京子氏が、2017/3/16付日本経済新聞の夕刊コラム「プロムナード」で、ヒロインが恋した男性がうっかり「月が出ていますね。〈彼〉はなんて美しいのだろう」と漏らしてしまったことから、男がドイツのスパイとわかってしまった、という話を紹介していた。

私もこの話には覚えがあった。阿刀田高ジョークなしでは生きられない」(新潮文庫)の「男と女の判別法」に「W.ハイデンフェルトの短編"月の光"」として紹介されている。

ところがこのW.ハイデンフェルトなる人物がわからない。

Wolfgang Heidenfeld という人物はいるようだ。Wikipedia によれば、ベルリン生まれで、南アフリカに移住したユダヤ人チェスプレイヤーらしい。さらに1957年には、アイルランドの首都ダブリン移住したそうだ。

Wolfgang Heidenfeld - Wikipedia

 

一方、W.ハイデンフェルトは、少なくとも以下の作品を残している。
・「贋作『第二の血痕』」
・「<引立て役倶楽部>の不快な事件」
・「月の光」

W・ハイデンフェルト(W. Heidenfeld)

 

「月の光」の翻訳版は「ミニ・ミステリ傑作選」(創元推理文庫)に収められている。

男『彼、すばらしいじゃないですか』
女『誰のことなの』
男『そりゃ、つ――少佐のことですよ、もちろん』

男は失言に気づき、上官の"少佐"のことだと誤魔化そうとした描写となっていた。
しかし「W.Heidenfeld」の「Moonshine」以上の情報はなかった。

 

別件で、国会図書館に出かけた際、司書の方にこの「W.Heidenfeld」について知りたい旨尋ねてみた。
彼女は各種データベースやインターネット、人名事典などを駆使して、「ミステリマガジン」1969年6月号(早川書房)を探し出してくれた。

本誌に収められた「贋作『第二の血痕』」の紹介文によれば、1967年に南アフリカヨハネスバーグの「サンデイ・タイムズ」がコナン・ドイルの贋作募集コンテストを実施し、ダブリンの「W.ハイデンフェルト」からの応募があったという。
コンテストには入賞しなかったが、「W.ハイデンフェルト」は応募作品を「エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン(EQMM)」に送り、それが採用された。

 

残るもう一遍の「<引立て役倶楽部>の不快な事件」が収められた「有栖川有栖本格ミステリ・ライブラリー」(角川文庫)はまだ読んでいないが、「W.ハイデンフェルト」はチェスプレイヤーの Wolfgang Heidenfeld ではないだろうか。