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1999年秋?の新潟・山形旅行(書きかけ)

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国語科


紀行文

 日々の仕事に忙殺され、精神的にも疲れていた。旅に出たい、どこかへ無性に旅に出たくなった。
 歌舞伎町で桂花ラーメンを食べる。ターロー麺。900円。野菜とこってりした肉が入っていて、美味しかった。懐かしくなる。

 家と友人に旅に出る旨電話する。「電車に乗りっぱなし?」と呆れられる。とんでもない。電車、ディーゼルカー、バス、二種類の新幹線、それにSL。実にバラエティーに富むではないか。

【路線図 三鷹~新宿~新潟~余目~新庄~山形~郡山
     ~会津若松~新津~新潟~東京~藤沢】
────────────────────────────
                 ▲▲
                 ▲▲
    至         │  粟島   │   至
    金━┳━新潟━新発田┿村上━━━━余目━━━秋
    沢 ┃ ■┃ ┃  │阿     ┃│最  田
      ┃ ■┗━新津┓│賀     ┃│上
      ┃ ■  ┃ ┃│野     ┃│川
      ┗━長岡━┛ ┃│川 山形※※新庄
        ■┃  会津若松  ■
    至   ■┃ 猪 ┃▲   ■▲板谷峠   至
    長■■■高崎 苗○┃磐梯山 福島■■■■■■仙
    野   ■┃ 代 ┃    ■       台
        ■┃ 湖 ┗━━━郡山
        ■┃        ■
        大宮■■■■■■■■■
三鷹━━新宿━━■┓
    ┃   上野
    ┃   ■┃
藤沢━━品川━━東京
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【路線図 三鷹~新宿~池袋~赤羽~大宮】
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             至高崎

              ┃高
              ┃崎
              ┃線
至             ┣━┓        至
川 ━━━━━━━━━━┓ ┃ ┣━━━━━━━ 宇
越    川越線    大   宮        都
  至       ┏━┛ ┃ ┃     至  宮
  府 ━━━━武蔵浦和━━━━浦和━━━ 西
  中 武蔵野線  ┗━┓ ┃ ┃     船
  本    �    赤 ┃ 羽     橋
  町    通赤┏━━┛ ┃ ┃
       称羽┃   ┏┛ ┃東
       ・線┃   ┃東 ┃北
       埼 ┃   ┃北 ┃本
       京 板橋  ┃貨 ┃線
       線 ┃   ┃物 ┃
       � ┃山手線┃線 ┗┓
       ┏━┃━━━┃━┓■尾久 上野新幹線
       ┃ ┣━━━┛ ┃■╂──第一運転所
      池  袋    田端■┃       至
       ┃ ┃山    ┃ ┃ ┏━━━━ 水
       ┃ ┃手    日 ┃暮里 常磐線 戸
至      ┃ ┃貨    ┃ ┃ ┃
高 ━三鷹━━━━┫物    上   野
尾 中央本線 ┃ ┃線
       ┃ ┃
       新 宿
       ┃ ┃
       
     至品川 至東京
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 新宿発村上行の快速「ムーンライトえちご」は、がらがらだった。全車指定席のため、通勤客や新宿からの遊び帰りの客は乗ってこない。といっても、指定席料金はわずか510円である。
 
 通路の反対側には髪を結い上げた派手目な中年女性が座っている。前の若者の席の網棚には三脚がある。鉄道写真を撮りに行くのだろうか。後ろは中年男性がパソコン雑誌を読んでいる。
 
 23時09分、定刻に新宿を発車。しばらくはゆっくり走る。池袋を発車し、ふと横を見ると新幹線が大挙して止まっている。新幹線の車両基地がある尾久である。
 
 スピードをあげ、いつの間にか浦和を通過。新宿駅上野駅の発車案内板には「○○行(浦和通過)」との表示を見る。東西南北の子分駅?を持つにしては情けない。ホームがないのだろうか。
 
 改めて車内を眺める。今やほとんど見られない急行形の車両で、昔は向かい合わせ4人がけのシートだったが、グリーン車のリクライニングシートに取り替えられており、間隔も広く、快適だ。それでいて、快速列車である。夜行バスへの対抗措置なのだろう。
 
 もはや急行形で走る急行などないのだろうか。新宿をやはり深夜に出発する急行「アルプス」は特急「かいじ」「あずさ」の車両だし、夏に乗った急行「ちくま」にいたっては、新型振子特急「ワイドビューしなの」の車両だった。快適にはちがいない。私だって4人がけのボックスシートで夜を明かしたくはないが、高校時代に先輩、友人と大勢で「青春18きっぷ」で上京したときのことを懐かしく思う。当時の大垣夜行は「純正」の急行形で、向い合せのボックスシートに4人で座った。九州を早朝に出発し、鈍行を乗り継いできたので、疲れていたとは思うが、眠れたかどうか。
 
 「さいたま新都心」建設中の大宮に到着。防寒服に身を固めた鉄道マニアが乗ってくる。同類ならずとも誰しも一目で分かる。海外旅行帰りのような大きなキャスターつきバッグに、行先表示板などの昔の列車の部品を詰め込んでいるのである。買い出しに来たのか、オークションでもあったのか。列車の扇風機まで入っている。「JR西日本」とある。
 
 趣味についてはともかく、服装についてはいささか首を傾げた。こちらはハイネックのセーターで、それでも暑いので昼間はTシャツだけであった。しかし、新潟や山形の冷え込みは相当厳しいのかも知れない。幸い、明日の朝の乗り継ぎは良く、寒風に凍えることはなさそうだが、心配ではある。
 
 車内放送。停車駅の案内があり、大宮、高崎、長岡の順で止まるとのこと。新幹線のようだ。もっとこまめに止まってもよいのに、と思う。そんなに急ぐ必要があるのかというとそうでもなく、高崎では30分も止まる。車内の自動販売機は壊れているのか、使えないようだ。
 
 そろそろ通過駅の明かりが落ちてきた。終電も終わったのだろう。妙に車輪の音が聞こえるなと思ったら、後ろの男性が窓をあけている。それでもうとうとすると「御面倒さまですが……」と車掌がやってきた。
 
 しばらく眠るが、のどが渇いて目が覚める。困ったことに、新宿で飲み物を買っていなかったらしい。明日の朝食は買っていたのだが……。車内を歩き回ってみることにする。急行形であるから、車内に冷水機があると思ったが、ない。自販機は故障。洗面台には「飲用ではない」旨の表示。がっかりして席に戻る途中、連結部の運転台を覗き込むと、80Kmくらいであった。それにしては揺れる。
 
  しょうことなしに外を見る。高速道路だろうか、明るいオレンジの灯が続いている。高崎に到着。長時間停車に救われる。現金なもので、さっきの疑問などころっと忘れ、「助かった」としか思っていない。夜行列車にはこれくらいのゆとりがあってよい。お茶を買ったが、一本はホームで飲んでしまった。

【行程について 三鷹~新宿~池袋~赤羽~大宮】
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 三鷹から新宿までは中央線快速を利用する。「ムーンライト
えちご」は新宿発村上行で、新宿に到着した中央線上り快速と
同じホームの向かい側から発車する。

 新宿からは山手貨物線を経由して池袋に停車し、上野新幹線
第一運転所をかすめて山手線と別れ、東北本線と並走する東北
貨物線を通る。途中浦和を通過するが、これは浦和には停車ホ
ームがないことが理由と思われる。

 なお、埼京線とは通称(系統名)で正式名称ではない。
正式には、
恵比須~池袋間:山手線
池袋~赤羽間 :赤羽線
赤羽~大宮間 :東北本線(ただし別線)
大宮~川越間 :川越線
である。

似たような例として、京浜東北線という線が存在しない(東海
道本線~東北本線)や、横須賀線は大船~久里浜間である(東
京~大船間は、西大井、新川崎を含めて東海道線の別線)など
がある。

赤羽-大宮間の定期券は通常浦和経由だが、武蔵浦和で、
品川-鶴見間の定期券は通常川崎経由だが、新川崎で、
それぞれ降りることができる。
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 何度か目が覚めたが、すぐ眠りに引き戻される。国境の長いトンネルも抜けたようだ。複雑なレールの分岐をくぐり抜けて新潟へ5時06分到着。マニアもカメラ君も中年男性も降りる。暖房の利き過ぎでシートが暑い。カチカチ山になりそうだ。ホームへ避難する。駅名標には、「周遊指定地 佐渡 のりかえ駅」とあった。制服姿の社員が挨拶してすれ違う。手にハンドルらしきものを持っているから運転士であろうか。
 
 列車はここから自由席になる。斜め後ろの席に女子大生風の三人連れが乗ってきた。発車とともに、いきなりバックする。この区間では逆編成になるのだった。しかしみんな大人しく後ろを向いている。

 逆向きはいやなので、席を回転させようと思うが、女子大生と向かい合いになるのもどうかと思い、一つ前の席を回転させた。ここなら一つ席を隔てることができ、観察も容易だ。
 
 だんだん夜があけてくる。豊栄に着くと一人が降りてゆく。新潟で夜通し遊び、朝帰りなのだろうか。
 
 夜行快速とは座りの悪い言葉だ。快速には「新」「通勤」「特別」「区間」などがつきもので、だいたいは通勤・通学などの都市郊外輸送を担当するのである。
 
 寝台特急以外にも、かつてはたくさんの夜行急行や夜行鈍行があったが、その代表ともいえる通称「大垣夜行」はいまや特急形車両を利用した快速「ムーンライトながら」となり、連日満席である。
 
 それに比べて「ムーンライトえちご」は昔ながらの夜行列車に近い。シートは取り替えられ、内装も変わっているが、洗面所は昔風の、ボタンを押している間だけ水が出るというものである。お湯は出ない。
 
 165系急行形電車は、車両の分類にも列車の種別にもとらわれず、淡々と走っているだけなのかもしれない。年輪を重ね、時代にあわせてはきたが、本質は譲らない。

 新発田に到着。女子大生は降りた。派手なおばさんはシートに丸まって寝ている。
 
 神々しかった朝焼けの時は終わり、厚い雲だけが残った。中条到着。ラッセル車と転車台が見えた。
 
 村上に着いた。おばさんはむくりと起きて降りていった。村上からは羽越本線普通列車に乗り換える。わずか3分の接続であり、長い時間車内でじっとしていたので、階段を駆け足で下り上りするが、そんな必要はまったくなかった。車両は非冷房、扇風機のついたディーゼルカーだった。
 
 発車したが、ずっと線路の上に架線がある。時刻表を見ると、その列車が電車なのか、ディーゼルか、それとも客車か分かるのだが、電車特急が走っているにもかかわらず、この区間の鈍行だけはディーゼルばかりである。
 
 進行方向右側に座って、時刻表と格闘していたが、ふと左を見ると海が見える。日本海だ!あわてて席を移動する。ディーゼルか電車か、そんなことはどうでもよい。波が寄せてはくだける。
 
 しばし見入った後、再び時刻表を見る。沿線の坂町からは米沢への米坂線、この列車の終着の余目からは陸羽西線が出ているが、これらは非電化である。そこで車両運用を揃えたいのだろうか。それとも、この区間が県境越えで冷遇されているのだろうか。いずれにしても、村上から酒田までがかっきりディーゼルカー地帯なのだ。

 やたらと木の柱というか、棒が立っている。道やあぜ道に沿っているものもあり、田や家を取り囲んでいるものもある。想像だが、雪がふった時の目印になるのだろう。少なくとも九州にはない。
 
 島が見える。時刻表のさくいん地図によれば、粟島のようだ。駅に併設して夕日会館という建物がある。会津に着くのはまだ先だが、新潟で買った缶入りの水割りを飲む。六時半ごろである。
 
 いつの間にか単線になり、また複線になる。うまいこと複線区間で上りとすれ違う。単線区間でもトンネルが広くなっているところがあり、複線化に備えているようだ。
 
 車内は暑いし、周りに人もいないと思って窓を開ける。とたんに、二つほど前の方のボックスから長髪の兄ちゃんが顔を出す。

 6時52分、新潟県最後の駅、府屋に着く。山形県に足を踏み入れるのは初めてである。朝日がまぶしい。
 
 しばしまどろむ。起きると駅に止まっている。高校生もいる。駅名標は見えない。上り列車との交換待ちだろうが、一向に発車しない。腕時計は持っていないが、すっかり朝になっているので乗り過ごしたかと不安になる。駅名がわかれば時刻表から時刻が分かるが、ホームに下りたとたんに発車したら困るし、そもそも列車がおくれていればなんの役にも立たない。じりじりしているとようやく上りがやってきて、発車した。羽前大山であった。余目まではあと四駅。危ない危ない。
 
 ここまで来ても女子高生はやはりルーズソックスである。もっとも東京ではもうあまり見ないが。いじっているのは携帯であろう。PHSでは使い物になるまい。列車は庄内平野の田園地帯を走る。
 
 鶴岡に着く。高校生はどっと降りた。残った女の子が話している。車内は空いており、三人が三人とも別のシートに座って喋っているので、聞くともなしに聞いているが、訛りはほとんどない。残念。