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較正、補正、矯正のための異論……だけ?

西部邁ゼミナール

TOKYO MX
2014/02/01 10:30:00
(00:30:00)

 

私がこの番組を見ている理由は、自分の感覚を較正、補正、矯正するためというのが大きい。「あぁ、こういう考え方もあるよな」と。

 

この番組は、メディアや世間の常識になっていることに対して、地上波で公然と異論を唱える。

たとえば、禁煙の風潮を「ファシズム」として噛み付いた回もあった(スタジオ収録のトーク番組なのに、出演者が堂々とたばこを吸っていた)。

他にも反賭博や反暴力団への異論も。

 

で、今回シンポジウムということで「世の中、これはおかしい」という「異論」を超えた「こうあるべきだ」というものが聴けるかとちょっと期待したが、西部邁氏の基調講演にはそれはなかった。

(部分的に共感できる部分はあった。震災後?日本人が自らの底力とかそういう自分を励ます空元気的な言説が多すぎる、とう主張には同意だ)

 

西部氏は、最高裁が庶子(ママ)にも嫡子と同じ権利を認めた判決に対して「国民の常識に反している」と言いながらすぐ後に「その時々の世の風になびいている」とも言う。

 

世界観を持たない大衆の民主主義、多数派による政治は衆愚政治だという主張のあと、経済においても国家を防衛すべきだ、国防とは政治、軍事だけではないという論を展開する。

 

冷戦時代の二極時代が終わった後、アメリカ一極支配→アメリカの没落とBRICSの成長による多極化→無極化と、世界像がめまぐるしく変わっているのに、グローバリズム万歳というのは頭がおかしい、と。

 

政治、政府は人民(The People)ではなく、歴史や文化を共有する国民(The American/Japanese People)によるものであり、国家単位にならざるを得ず、その国家を防衛するということはグローバル資本主義から日本経済を防衛するということだという。

 

西部氏の主張は、これまでの番組を含めて、私はこう理解している。

反米保守核武装による自主防衛)

・(明治維新以降敗戦までの?)日本の伝統の尊重

・反民主主義(反多数派統治)

・反資本主義

・(比較的)大きな政府

 

ではどんな社会を是としているのかを「反○○」以外で語って欲しいなと思う。そして、どんな装置や制度があれば、彼らが望む日本を作り出すことができるのかも聞きたい。

(言論によって多数派を形成しようとしているようにはあまり思えない)

 

戦時の革新官僚による統治、統制経済を是としている、少なくとも懐かしんでいるのではないかと思うのだけれど、番組を見ている限りではそこまではハッキリと述べていない。

 

結局国民を信じているのか、信じていないのか。